妊娠発覚のんき一人に仕事をさせといて、ちょっと友達の結婚式という事で日本に帰った。 腰痛、その他もろもろの事情で、減量、ジム通い中だった私は、 最後に日本に帰った時よりも、12kg程痩せていた。 考えても見れば、適度に食べ、良く動き、、、 妊娠するには体の準備は万端だったのだ。 日本にいる間、姉ちゃんの家でも、友達の結婚式のあったホテルに泊った時も、 腹筋20回を20セットやってから寝る始末。 その後少し風邪気味だったので、薬を飲もうとしてハッと気付いた。 生理が遅れてる、、、 風邪薬と一緒に妊娠検査薬を姉ちゃんに買ってきてもらい、 先ず妊娠チェック。 しておりました、妊娠。と同時に風邪薬は却下。 不思議な感じで、すぐには実感が湧かなかった。 このまま何となく出来ないんだろうなぁなんて思っていたから、、、 のんきとはこの事について何度も話をした。 二人とも不自然な事はしたくなかった。 少なくとものんきは、紙コップに2杯も精子を取ってきてください、 とか言われてエロ雑誌を看護婦さんに渡されるのなんて耐えられなかったんだと思う。 それは冗談だとして、、 この世界にはいろんな事情で親に育ててもらえない子供たちがたくさんいる。 そんな子供を養子にもらう事も考えとして持っておこうという事になった。 そんな話までしてたのに、、 自分のお中に赤ちゃんがいるなんて信じられなかった。 取りあえず、のんきには向こうに帰るまで内緒にしておこうと決めた。 へへへっ、びっくりさせてやろう。 なぁんて事も言ってられなくなった。 アメリカに帰る日、最寄りの駅まで姉ちゃんに送ってもらい、 荷物を見てもらっている間にトイレに行った所、 下着に多量の出血。げげっ。 流してなるものか。 先ず、航空会社に電話、1ヶ月以内なら延長オーケー。 勤め先に国際電話、有給、病欠使い切ってもいいと副社長からオーケー。 そして、のんき、しばし無言。涙声で「頼むから安静にしててくれ。」と言われる。 実家には知らせず、産婦人科から姉ちゃんの家に直行した。 それから2週間あまり、 「トイレ以外は食事も寝た状態で食べろ」と産婦人科医に言われ、 姉ちゃんに何から何まで世話になりながら、その言葉のまま実行する。 どうやら落着いた所で飛行機を予約。 無事にアメリカに戻る。 お見送りに来てくれた姉ちゃんはいつもの様に泣いていた。 今も思う。 もしうちの姉ちゃんがいてくれなかったら、 チャンクは産まれてこられなかったかもしれない。 姉ちゃんにはいつも世話をかけっぱなしだ。 「しょうがないじゃん、あんた私の妹だし。。。」 そんな一言で済ましてしまう私の偉大な姉ちゃん。 今も私はそっちに足向けて寝てないからね。 そっちってどっちよ。 妊婦in合理主義国へ ジャンル別一覧
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